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東京地方裁判所 平成2年(ワ)5267号 判決

第一、第二事件原告

新保早苗

第一、第二事件被告

株式会社神戸製鋼所

右代表者代表取締役

亀高素吉

第一事件被告

神鋼興産株式会社

右代表者代表取締役

中尾誠郎

第一事件被告

倉田有康

第二事件被告

村瀬敬一

右被告ら訴訟代理人弁護士

山田長伸

右訴訟復代理人弁護士

山本卓也

第一事件被告

神戸製鋼所労働組合

右代表者中央執行委員長

二方征夫

主文

一  原告の別紙請求目録記載一の2の訴え、同目録記載一の3のうち被告神鋼興産株式会社に対する訴え、同目録記載一の4の訴え、同目録記載一の5のうち被告倉田有康、同村瀬敬一、同神戸製鋼所労働組合に対する訴えをいずれも却下する。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

別紙請求目録記載のとおり

第二事案の概要

本件は、昭和五九年一〇月一日に第一、第二事件被告(以下、事件別表示は略し、単に「被告」という。他の被告についても同様)株式会社神戸製鋼所に採用され、昭和六二年五月一六日付で同被告から被告神鋼興産株式会社に出向し、平成二年八月二四日被告株式会社神戸製鋼所に退職願を提出して同被告の承諾を得た原告が、退職願は有効に撤回したとして、出向についての同意の欠缺等により出向命令が無効であるとの前提で別紙請求目録記載一の1ないし4の請求を、また、被告株式会社神戸製鋼所における所属、職種等の確認を求める別紙請求目録記載一の5の請求を、更に、出向対象者としたこと、出向者として処遇していたこと及び退職願の撤回を認めなかったことが違法であるなどと主張し、別紙請求目録記載二の各損害賠償請求をなした事案である。

一  (争いのない事実)

1  原告は、二か月間試用期間を経た後、昭和五九年一二月一日付で被告株式会社神戸製鋼所の従業員として雇用された。

2  原告は、被告株式会社神戸製鋼所から、昭和六二年五月一六日付で被告神鋼興産株式会社への出向命令を受け、同被告に出向して、東京都及びその周辺に点在する被告株式会社神戸製鋼所の単身寮でいわゆる寮勤務員として稼働していた。

3  原告は、平成二年八月二四日、被告株式会社神戸製鋼所に対し、同年九月三日付で退職したい旨の退職届を提出し、同被告は、これを受理、承諾し、その旨原告に連絡した。その後、原告は、右退職願を撤回したいと同被告に申し出たものの、同被告から拒否された。

4(一)  原告の出向当時、被告株式会社神戸製鋼所の従業員の中に、杉田操、山本よし、小森谷鮎子という者がいたが、これらの者は、被告神鋼興産株式会社に出向しなかった。

(二)  昭和六二年当時、被告株式会社神戸製鋼所人事本部人事部東京人事室長は被告倉田有康であり、同年五月一五日までの間、同被告は原告の上司であった。また、被告村瀬敬一は、被告倉田有康の後任の同人事室長である。

(三)  原告の出向前、被告株式会社神戸製鋼所の東京人事室所属の辻亮介が、出向に関する説明のため藤ケ丘寮に赴いて、原告に対して出向に関する説明をした。

(四)  原告は、右出向により、出向一時金五万円及び毎月の出向手当の支払を受けていた(ただし、原告はその名目を争う。)。

(五)  原告は、被告株式会社神戸製鋼所労働組合の組合員であったところ、同被告に対し、再三にわたり「救済」の申し立てをし、「違法な争議行為に労働組合の機関として何ら救済すべき交渉をしないというのは不当である」と主張し続けている。

二  原告の主張の要旨

1(別紙請求目録記載一の1ないし4の訴えの利益について)

原告の別紙請求目録記載一1ないし4の各請求は、過去の法律関係又は事実の確認を求めるものではなく、原告の入社時から現在に至る被告株式会社神戸製鋼所における地位等の確認を求めるものであり、原告の法律的地位の不安定を除去するためには確認判決を受けることが適切な手段である。

2(退職願の撤回について)

原告は、平成二年八月二三日、電話で被告村瀬敬一に退職の意思を伝えた上、同月二四日午前九時ころ、被告株式会社神戸製鋼所東京本社へ出勤する社員にことずけて、同年九月三日限り退職したいとする退職願を同被告東京人事室に提出した。しかし、原告は、同日午前一〇時ころには、被告村瀬敬一に退職願の撤回を申し出た。同被告は、右撤回を認めないとしているが、退職願の撤回は退職の効力が確定的に発生しないうちは有効になし得るから、原告の退職願の撤回は有効である。

また、原告の退職願は、精神的苦痛による過労から提出されてしまった錯誤による意思表示であるから無効である。

3(出向について)

原告の同意もなく一方的に解雇、採用、出向扱い、社員資格の変更等を行ったことは、解雇権の濫用、権利の濫用、既得権侵害、不利益変更、差別扱い等である。

(一)  被告株式会社神戸製鋼所から休職を前提として被告神鋼興産株式会社に出向させることは、被告株式会社神戸製鋼所を解雇し、被告神鋼興産株式会社との間に新たに雇用関係を生じせしめるものである。

(二)  被告株式会社神戸製鋼所らは、就業規則四四条に基づいて原告に出向を命じたと主張するが、同条には、休職事由のひとつとして出向が定められているほかは出向義務について何ら定めがなく、原告の同意なくして出向を一方的に命ずることはできない。原告は、右出向に同意したことはない。

(三)  被告株式会社神戸製鋼所、被告倉田有康は、出向に関して原告に十分に説明し原告の了解を得て出向を命じたと主張するが、説明は十分でなく、また、原告は出向を命じられたこともない。

被告株式会社神戸製鋼所の東京人事室の辻亮介が出向に関する説明のため藤ケ丘寮に来寮した際、原告は、同人に二、三質問したが、その答え以外には何も聞かされていない。

(四)  山本よしは嘱託であるが、不況下において従業員を出向させるのであれば、まず、嘱託を出向させるのが合理的であり、原告を先に出向の対象とするのは不合理である。

(五)  被告らは、原告が出向一時金五万円、出向手当を受領していたと主張するが、原告は、金員は受領しているものの、出向一時金及び出向手当としては受領していない。

(六)  被告らは、出向扱いにしたことで原告の労働条件が低下したことはないと主張するが、原告は、入社時から他と差別扱いされて他より低い労働条件で働いていたものである。すなわち、一時金を含む毎月の賃金、昇給、年間休日、就業時間、特別休暇の取得が認められない、二歴(ママ)日にまたがる三二・五時間勤務(土、日曜日出勤)時間外勤務等の未払賃金、住宅融資の拒否など、不利益待遇は入社時からのものである。

(七)  よって、原告は、被告株式会社神戸製鋼所、同神鋼興産株式会社、同神戸製鋼所労働組合に対し、別紙請求目録記載一の1ないし4の請求をする。

4(職種等について)

(一)  原告は、二か月間の試用期間を経た後昭和五九年一二月一日付で被告株式会社神戸製鋼所の従業員として雇用されたが、同被告の従業員としての待遇を受けていない。

原告が同被告従業員としての待遇を受けていないことは次のとおりである。

(1) 同被告就業規則一〇条によれば、従業員の雇入や出向等には辞令が交付されるはずであるのに、原告にはそれらの辞令は交付されていない。

(2) 同就業規則一一条によれば、従業員には身分証明書が交付されるはずであるのに、原告にはこれが交付されていない。

(二)  また、原告の社員資格は、一般職中「企画職」であるにもかかわらず、企画職以下の待遇を受けている。

原告が企画職であることは次のとおりであり、これを一方的に変更することは、原告の既得の権利を侵害するもので許されない。

(1) 原告と同じ仕事をしている杉田操は企画職である。また山本よし、小森谷鮎子も寮勤務又はホームヘルパー等であるが、企画職としての待遇を受けている。

(2) 原告の平日の始業時刻は午前九時で、就業時刻は午後五時三〇分であり、被告株式会社神戸製鋼所は、給料明細書においても労働時間を七時間四五分としていた。特別職中寮勤務員であれば、労働時間は七時間であるはずであり、このことも原告が企画職であることの証拠である。

(3) 原告は、入社当時から勤務者手当月額六〇〇〇円を受領していたが、これは一般職に対する支給金であり、特別職中寮勤務員には支払われない。

(4) 原告が特別職中寮勤務員とし採用されたのであれば、「特別勤務者勤務規程」が提示されるはずなのに、その提示を受けたことはなかった。

(5) なお、被告株式会社神戸製鋼所人事本部人事部東京人事室長である被告村瀬敬一は、原告が企画職であることを示す一日の労働時間(七時間四五分)、勤務者手当及び社宅費の支給等すべてミスであったとしても、原告の入社時から五年五か月前まで遡って返金し、特別職中寮勤務員の資格による手当等に変更する旨を平成二年二月一六日付の内容証明郵便で原告に通知した。

(三)  よって、原告は、被告神鋼興産株式会社を除くその余の被告との関係で別紙請求目録記載一の5の請求をする。

5(被告らに対する七〇〇万円の損害賠償請求について)

(一)  被告倉田有康は、昭和六二年当時、被告株式会社神戸製鋼所人事本部人事部東京人事室長であったが、同被告経営悪化のため、特別休業、選択定年、休職を前提とした出向が五五歳以上の従業員に適用された際、原告と同じく人事本部人事部人事室に所属し寮勤務をしていた山本よし(嘱託)が当時五五歳以上であったにもかかわらず、故意又は過失により、原告と山本よしとを差別した人事報告をした。

(二)  原告は、被告株式会社神戸製鋼所に対し、平成二年から人事本部人事部東京人事室に行き、同室長被告村瀬敬一又は辻亮介に出向、解雇等の是正を再々嘆願し、杉本宏之同人事本部長に対しても内容証明郵便を送付して是正を嘆願し、また、被告神鋼興産株式会社に対し、採用成立の理由、手続書類等を求めた。しかし、右被告らは、原告是正嘆願にまったく取り合おうとせず、何らかの措置をもとらなかったことにより、原告に精神的苦痛を与えた。

(三)  原告は、被告神戸製鋼所労働組合に対し、救済の申し入れを再三したにもかかわらず違法な争議行為に労働組合の機関として何ら救済すべき交渉をしないという行為についてその責を負うものである。原告は、右の点を問題にしているのであって、同被告が原告の申し出にどれだけ対応したかが問題ではない。同被告は、違法な解雇等に労働組合として救済せず、参加した責任を負うものである。

(四)  右被告らは、前記違法な人事を行い又はこれに参加し、原告が再々是正、救済を求めても何らの措置をせず、訴訟を起こさなければ解決できないような精神的損害を原告に与えた。これは金銭に見積り七〇〇万円を下回るものではない。

(五)  よって、原告は、被告らに対し、民法七〇九条、七一〇条、七一五条、七一九条に基づき別紙請求目録記載二の1の請求をする。

5(ママ)(被告株式会社神戸製鋼所、同村瀬敬一に対する一〇〇万円の損害賠償請求について)

(一)  原告は、被告株式会社神戸製鋼所に一旦退職願を提出したが、一時間後には、被告村瀬敬一に退職願の撤回を申し出た。退職願の撤回は退職の効力が確定的に発生しないうちは有効になし得るものであり、被告株式会社神戸製鋼所が承認しても、辞令の交付等の手続が完了しないうちは退職の効力は確定的に発生しないから、原告の退職願の撤回は有効であるのに、同被告、被告村瀬敬一は、右撤回を認めないとしている。

(二)  原告の退職願撤回は有効であり、原告には被告株式会社神戸製鋼所に勤務する権利と義務があるのに、右被告らは、平成二年九月四日から原告の勤務場所での就労を拒否し、原告は勤務を続行し得なくなっている。また、右被告らは、一方的に退職の手続を済ませ、以後の給料を支払わず、原告の生活に苦痛を与えている。原告の精神的苦痛による損害を金銭に見積もると一〇〇万円を下回らない。

(三)  よって、原告は、右被告らに対し、別紙請求目録記載二の2の請求をする。

三  被告らの主張の要旨

1(被告株式会社神戸製鋼所、同神鋼興産株式会社、同倉田有康、同村瀬敬一)

(一)  原告は、別紙請求目録記載一の1ないし3の各請求を、いずれも確認の訴えとして提起しているもののようであるが、そうであるとすれば、これらは過去の法律関係あるいは事実の確認を求めるものであって、確認の利益を欠く不適法なものであるから、却下されるべきである。

(二)  別紙請求目録記載一の5の請求は、被告神鋼興産株式会社及び同倉田有康、同村瀬敬一に対する関係では確認の利益がないから、却下されるべきである。

(三)  別紙請求目録記載一の5の請求は、被告株式会社神戸製鋼所に対する関係では、原告が平成二年八月二四日同被告に対して同年九月三日限り退職したいとする退職願を提出して任意退職の申し込みをし、同被告がこれに対し承諾の意思表示をした(なお、原告の退職の申し出の撤回は無効である。)から、原告と同被告との間の雇用契約は終了しているので、棄却されるべきである。

(四)  別紙請求目録記載二の1の請求は、次のとおり理由がないので、棄却されるべきである。

被告株式会社神戸製鋼所が原告に出向を命じたのは、業務上の必要から、同被告の就業規則、労使間の出向協定に基づいて、しかも、原告の同意を得てなされたものであり、そこに何ら違法とされる事由はない。

すなわち、

(1) 被告株式会社神戸製鋼所は、昭和五六年ないし昭和六二年当時、東京近郊に合計五ないし六寮の単身寮を有していたところ、昭和五九年一二月一日付で原告を寮勤務員として採用し、原告は、以後、右寮の管理業務に従事してきた。

(2) 昭和六二年、同被告は、被告神鋼興産株式会社に右各寮を含む合計二五の被告株式会社神戸製鋼所の単身寮の管理業務を委託する業務委託契約を同被告との間で締結した。

(3) 当時、被告株式会社神戸製鋼所は、折から円高不況に伴う業績不振の状況下で、全社的に余剰人員を抱えながら業績回復に向け合理化に取り組んでいたが、これら余剰人員の扱いについては雇用の確保を図るべく最大限出向で対応する旨労使間で確認していたことから、前記業務委託に伴って前記各単身寮で寮管理業務に従事していた原告ら寮勤務員のなすべき業務がなくなってもこれらの者の雇用を確保するため、嘱託従業員を除いて全員を被告神鋼興産株式会社に出向させることとし、昭和六二年五月一六日付をもって、原告ら寮勤務員全員に対し、被告神鋼興産株式会社への出向を命じたものである。

なお、原告指摘の山本よしは、昭和六二年五月当時、主として海外渡航業務に従事する一方、一部寮管理業務にも携わっていたものであるが、同人は、嘱託従業員であったため、出向命令の対象者とならなかったにすぎない。

(4) 被告株式会社神戸製鋼所就業規則四四条には、「業務の都合で従業員に、・・・出向・・・を命ずることがある」との定めがあり、また、労使間には出向協定(労働協約)が締結されている。同被告は、これらに従い、かつ、本件においては、東京地区の寮勤務員らで構成される寮監会議等で寮管理業務の被告神鋼興産株式会社への業務委託とそれに伴う出向の実施につき十分に説明し、原告から事前に被告神鋼興産株式会社への出向についての了解を取り付けた上で本件出向を命じたものである。

(5) そして、原告は、右出向命令に従い、昭和六二年五月一六日以後、被告神鋼興産株式会社に出向していたもので、出向に際して、出向一時金五万円を受領しているほか、昭和六二年五月以降、毎月出向手当も受領し続けてきた。

(6) 出向中の被告株式会社神戸製鋼所における原告の身分は、前記出向協定に基づき、人事本部人事部付とされ、休職扱いとなっていた。

(7) なお、出向中の原告に対する賃金、出張旅費その他の労働条件については、前記出向協定に基づき、出向元である被告株式会社神戸製鋼所と出向先である被告神鋼興産株式会社との間で出向者に関する覚書を締結し、これに基づき処遇しているが、その内容は、右出向により原告に労働条件の低下のないよう十分な配慮をしている。

(8) なお、本件訴訟提起に至る経緯の概要は次のとおりである。

原告は、前記のとおり、二か月間の試用期間を経た上、昭和五九年一二月一日、寮勤務員(いわゆる社員区分としては特別職掌社員)として被告株式会社神戸製鋼所に本採用となり、人事本部人事部東京人事課(昭和六一年一月一日付で人事本部人事部東京人事室と名称変更)に配属され、以来前記寮管理業務に従事し、昭和六二年五月一六日、被告神鋼興産株式会社に出向して同様の業務に従事してきたものであったが、平成元年半ば以降、突如、特別職掌社員たる地位や出向について問題とし始め、「出向により被告株式会社神戸製鋼所の社員でなくなっているのではないか」、「東京地区においては、そもそも特殊勤務者は存在せず、したがって、自分も特別職掌社員ではなく、企画職掌社員ではないか」といった疑問を提起し始め、それ以降、直接又は被告株式会社神戸製鋼所労働組合を通じて、被告株式会社神戸製鋼所に対して、「出向により被告株式会社神戸製鋼所の社員でなくなったのはおかしい。同被告の社員でなくなるのであれば、出向は認められない」とか、「東京地区には特殊勤務者は存在しない以上、企画職掌社員として取り扱え」といった申し出を繰り返すようになった。これに対して、被告株式会社神戸製鋼所は、繰り返し「原告の出向は在籍出向であって、現在もなお被告株式会社神戸製鋼所の従業員であることに変わりはない」旨、また、「東京地区にも特殊勤務者は多数存在し、原告ら寮勤務員も特別勤務者であって、社員区分としては特別職掌社員である」旨資料等をも示して説明したが、原告は、被告株式会社神戸製鋼所らの説明に耳をかさず、本件訴訟を提起するに至ったものである。

(五)  別紙請求目録記載二の2の請求は、次のとおり理由がないので、棄却されるべきである。

被告株式会社神戸製鋼所、同村瀬敬一が原告との雇用関係が終了したものとして扱っているのは、原告からの退職の申し出に対して被告株式会社神戸製鋼所が承諾したことにより、有効に当事者間の雇用契約解消の合意が成立したからにほかならず、その後になって原告からの退職申し出を撤回したいと言っているのに応じないことが違法とされる理由はない。

2(被告神戸製鋼所労働組合)

被告神戸製鋼所労働組合は本件口頭弁論期日に出頭しないが、陳述したものとみなされた答弁書には、要旨次のような記載がある。

(一)  別紙請求目録記載一の請求中、4及び5のうち被告神戸製鋼所労働組合に対するものは、同被告との関係では確認の利益がないから、却下されるべきである。

(二)  別紙請求目録記載二の1のうち被告神戸製鋼所労働組合に対するものは、次の事実から理由がないので、棄却されるべきである。

被告神戸製鋼所労働組合は、組合員である原告からの平成元年三月の苦情申し立てを受け、再三再四、支部委員長自ら原告に対応し、原告の主張に耳を傾けるとともに十分な調査を行った結果、本件出向命令にまったく問題がなかったため、原告に詳細に説明し理解を求めようとしてきたが、原告は、かかる同被告の誠実な対応にもかかわらず、同被告の説明にまったく耳をかさず、今日に至っている。同被告は、更に、同年一二月には、来神してきた原告に対し、同被告中央執行委員長(当時)礒崎康伯及び同書記長(当時)二方征夫らにおいて誠意をもって対応し、原告の申し出の趣旨に添うべく被告株式会社神戸製鋼所への処遇改善の意見を述べている。このような誠意ある同被告の対応にもかかわらず、同被告をも相手どって本件訴訟を提起する意図はまったく理解に苦しむ。同被告が被告株式会社神戸製鋼所に対して原告主張のような交渉をしていないのは、本件出向命令が有効であるからにすぎないのであって、さればこそ、原告自身も、本件出向後二年以上の間、出向の有効、無効など問題にもしていなかったのである。なお、原告の組合費は、本件出向以前は月額二九七〇円であったが、本件出向によって出向者組合費月額一四八〇円と減額になっており、被告神戸製鋼所労働組合との関係でも出向によって不利益は生じていない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所の認定した事実は次のとおりである。

1  被告株式会社神戸製鋼所は、昭和五九年から昭和六二年当時、東京都及びその近郊に合計五ないし六寮の単身寮を有していたところ、寮勤務員の欠員が生じたため、職業安定所の紹介で、原告を二か月間試用した後、昭和五九年一二月一日付で原告を寮勤務員(被告株式会社神戸製鋼所の社員制度上の社員区分は一般職群特別職掌社員。同被告就業規則二二条による特殊勤務者勤務規程の規律を受けるものであった。)として採用し、原告は、以後、右寮の管理業務に従事してきた。

2  被告株式会社神戸製鋼所は、昭和六二年当時、折からの円高不況に伴う業績不振のため、全社的に余剰人員を抱えながら業績回復に向け合理化に取り組んでいた。一方、被告神鋼興産株式会社は、被告株式会社神戸製鋼所のいわゆる系列会社であって、被告株式会社神戸製鋼所の単身寮の中には被告神鋼興産株式会社が所有していたものもあったところ、従前から社宅、マンション等の諸施設の管理業務を専門的に行って、種々のノウハウを有していたのみならず、既に被告株式会社神戸製鋼所から単身寮施設の補修に関する業務の委託を受けていた。そこで、被告株式会社神戸製鋼所は、被告神鋼興産株式会社に寮管理業務を含めた単身寮に関する諸管理業務を一元化して合理化を図る狙いのもとに、同年五月一五日、同被告との間で、前記各単身寮を含む合計二五の単身寮の管理業務を委託する旨の業務委託を締結した。

ところで、被告株式会社神戸製鋼所は、雇用の確保の観点から、合理化によって生ずる余剰人員を解雇することなく、最大限出向で対応することを労使間で確認していたことから、前記業務委託に伴って、前記各単身寮で寮管理業務に従事していた原告ら寮勤務員のなすべき業務がなくなるにもかかわらず、これらの者の雇用を確保するため、嘱託従業員を除いて全員を同被告に在籍のまま被告神鋼興産株式会社に出向させる方針をとることとした。

3  被告株式会社神戸製鋼所の就業規則四四条には、「業務の都合で従業員に・・・出向・・・を命ずることがある」旨の定めがあり、また、被告神戸製鋼所労働組合との間に出向協定(労働協約)があるが、被告株式会社神戸製鋼所は、これらに従い、かつ、東京地区の寮勤務員らで構成される寮監会議等で寮管理業務の被告神鋼興産株式会社への業務委託とそれに伴う出向の実施につき十分に説明し、各人の了解を得て、昭和六二年五月一六日付をもって、原告ら寮勤務員全員に対し、被告神鋼興産株式会社への出向を命じた。原告に対しては、その出向前、被告株式会社神戸製鋼所の東京人事室係長の辻亮介が、出向に関する説明のため藤ケ丘寮に赴いて、原告に対して出向に関する説明をし、当時は、原告も、事前に被告神鋼興産株式会社への出向について同意していた。そして、原告は、右出向命令に従い被告神鋼興産株式会社に出向して、東京都及びその周辺に点在する前記各単身寮で、寮勤務員としての勤務を異議なく継続し、出向一時金五万円や毎月の出向手当を異議なく受領し続けてきた。

4  杉田操、山本よし、小森谷鮎子は、いずれも、被告神鋼興産株式会社へ出向してはいないが、その理由は次のとおりである。杉田操は、かつて一時期寮管理業務を担当したことがあるが、都内大森にある被告株式会社神戸製鋼所の事業所で在庫管理の業務に適正(ママ)のあることが認められ、職掌変更により企画職掌となり、出向対象者とはならなかった。また、山本よしは、昭和六二年五月当時、主として海外渡航業務に従事する一方、一部寮管理業務にも携わっていたものであるが、同人は、定年を過ぎた嘱託従業員であったため、出向命令の対象者とはならなかった。小森谷鮎子は、従業員の家族等に病気等の事情の生じた際にホームヘルパーとして稼働していた者で、寮勤務員ではなかったので、出向の対象者ではなかった。

5  右出向中の被告株式会社神戸製鋼所における原告の身分は、前記出向協定に基づき、人事本部人事部付とされ、休職扱いとなっていた。

なお、出向中の原告に対する賃金、出帳旅費その他の労働条件については、前記出向協定に基づき、出向元である被告株式会社神戸製鋼所と出向先である被告神鋼興産株式会社との間で出向者に関する覚書を締結し、これに基づき処遇がなされていた。

6  このようにして、原告は、雇用当初から特別職掌社員たる寮勤務員として、被告株式会社神戸製鋼所人事本部人事部東京人事課(昭和六一年一月一日付で人事本部人事部東京人事室と名称変更)に配属され、以来前記寮管理業務に従事し、昭和六二年五月一六日、被告神鋼興産株式会社に出向して同様の業務に従事してきたものであったが、当初は、他の寮勤務員との人間関係や給与が低いといった苦情を申し出ていたにとどまったものの、平成二年半ば以降になって、被告株式会社神戸製鋼所から「出向」という文言を記載した辞令が発せられていないのがおかしいとか、被告神鋼興産株式会社から「採用」という記載のある辞令が交付されたのがおかしいとか、「特別職掌社員」という記載のある辞令が交付されなかったのがおかしいなどとして、特別職掌社員たる地位や出向について問題とし始め、「出向により被告株式会社神戸製鋼所の社員でなくなっているのではないか」、「東京地区においては、そもそも特殊勤務者は存在せず、したがって、自分も特別職掌社員ではなく、企画職掌社員ではないか」といった疑問を提起するようになり、それ以後は、「被告株式会社神戸製鋼所から休職を前提として被告神鋼興産株式会社に出向させることは、被告株式会社神戸製鋼所を解雇したことになる」などと断定するようになり、こうした独断の下に、被告株式会社神戸製鋼所に対して、「出向により被告株式会社神戸製鋼所の社員でなくなったのはおかしい。同被告の社員でなくなるのであれば、出向は認められない」とか、「東京地区には特殊勤務者は存在しないから、企画職掌社員として取り扱え」などという申し出を繰り返すようになった。これに対して、被告株式会社神戸製鋼所は、原告に対する待遇改善に努めるとともに、原告の疑問等に対しては、「原告の出向は在籍出向であって、現在もなお被告株式会社神戸製鋼所の従業員であることに変わりはない」とか、「東京地区にも特殊勤務者は多数存在し、原告ら寮勤務員も特別勤務者であって、社員区分としては特別職掌社員である」などと、その都度、資料等をも示して懇切な説明を繰り返してきたが、原告は、被告株式会社神戸製鋼所側の説明に耳をかさず、同様の主張を繰り返してきた。

7  被告株式会社神戸製鋼所就業規則八六条には、従業員が自己の都合により退職を申し出て承認されたときは退職とする旨定められているところ、原告は、平成二年八月二三日、被告株式会社神戸製鋼所人事本部人事部東京人事室長である被告村瀬敬一に対して、電話で、被告株式会社神戸製鋼所を退職したいという申し出をし、被告村瀬敬一から、それならば退職願を提出するようにと言われて、翌二四日、被告株式会社神戸製鋼所に対し、同年九月三日付で退職したい旨の退職届を提出し、同被告は、これを受理、承諾し、その旨原告に連絡した。その後、原告は、右退職願を撤回したいと同被告に申し出たものの、同被告から拒否された。その後は、被告神鋼興産株式会社も原告との雇用関係を否定するに至っている。

なお、右の後、同年八月二四日夕刻、原告は、被告株式会社神戸製鋼所人事本部人事部東京人事室に赴いて、被告村瀬敬一に退職の申し出を撤回したいと話したが、同被告から、一旦退職を申し出て被告株式会社神戸製鋼所の承認を受けた以上撤回は認められない旨の説明を受け、今後の身の振り方についても話し合ったりして納得し、同月二七日朝退職の諸手続をするために印鑑持参で出頭することを約した。しかし、原告は、同月二七日朝、再び退職の申し出を撤回する旨申し出て、その後、退職願の撤回は有効であるから依然被告株式会社神戸製鋼所の従業員であると主張するに至った。

8  なお、原告は、被告株式会社神戸製鋼所従業員であった当時、被告神戸製鋼所労働組合の組合員であったところ、同被告に対し、再三にわたり「救済」の申し立てをし、同被告も応ずべき苦情については誠実に対応し、原告に対する説明のみならず、被告株式会社神戸製鋼所への申し入れをするなどしてきたものの、有効な出向命令が無効であるとか、特別職掌社員であるにもかかわらずそうではないなどの主張がなされるに及んで、かかる原告独自の主張に基づく被告株式会社神戸製鋼所への申し入れの要求には応じられないとの態度をとるようになり、原告は、なお「違法な争議行為に労働組合の機関として何ら救済すべき交渉をしないというのは不当である」と主張し続けた。

(〈証拠略〉)

二1  原告は出向に同意したことはない旨主張するが、前記認定のとおり、出向命令後原告がこれに従って稼働してきたことは明白な事実である。

原告に対して支払われ、原告がこれを異議なく受領していた出向一時金、出向手当について、原告は、金員は受領しているものの、出向一時金、出向手当としては受領していないとして、趣旨不明の金員として受領したかのごとく主張し、原告本人尋問においても「給料明細書には五万円という支給額の明細の記載がなかったから、出向一時金であるとは分からなかった」と供述するが、一方、出向後、長期間にわたって支給され、受領し続けてきた出向手当については「同じ給料明細書に記載はあったものの、注意して見なかったので出向手当名目であることは知らなかった」などと供述するところで、原告の主張が採用し得ないことはいうまでもない。

そして、前記認定のとおり、被告株式会社神戸製鋼所が原告に出向を命じたのは、業務上の必要から、同被告就業規則、労使間の出向協定に基づいて、しかも、原告の同意を得てなされたものであり、寮勤務員全員が出向を命ぜられたもので、出向に際して原告が他の従業員と差別された事実はないことが認められ、また、この出向命令をもって権利の濫用であると解すべき特段の事情も、更に、出向によって原告の何らかの権利が違法に侵害されたと認めるに足りる具体的事実も、何ら主張、立証がなく、この出向命令には違法とすべき事由を見いだすことはできない。

2  原告は、退職願を提出して退職を申し出て、承認されたものの、退職申し出撤回の時点では、退職辞令の交付がなく、諸手続も未了であったから、退職の効力は確定的には発生していないという前提で、右撤回は有効である旨主張するが、雇用契約は、使用者と被用者との間の合意解除により終了するのが原則であり、退職の始期付合意がなされた以上、これを無効とする事由のない限り当事者間の契約関係は右期限に終了したものと解するほかはない。そして当事者間の合意又は就業規則等によって何らかの効力要件が特別に明定されている場合はともかく、一般には、辞令の交付等の手続を経るまで退職の効力が発生しないものと解する余地はない。そして、本件においては、被告株式会社神戸製鋼所就業規則八六条に従業員が自己の都合により退職を申し出て承認されたときは退職とする旨明定されており、右のような特別の要件を必要と認むべき証拠は何もない。

また、原告は、原告の退職申し出が「精神的苦痛による過労から提出されてしまった錯誤による意思表示である」として右意思表示の無効を主張するが、右主張自体が意思表示の無効原因に主張たり得るかの点は措き、本件全証拠を検討しても、原告の退職申し出の意思表示に要素の錯誤が認められないことは明らかであり、他にも無効事由となり得べき原因事実を認めることはできない。

そして、一旦退職の合意が成立した以上、その申し込みを一方的に撤回しても何らの法的効果を生ずるものではなく、また、その相手方において右撤回に当然に応じなければならない義務が生ずるものでもない。仮に、退職の申し出とその撤回の申し出との時間的間隔が短かったとしても、そのことによって撤回を有効とすることはできない。

3  したがって、原告と被告株式会社神戸製鋼所との雇用契約は、既に終了したものと解するほかはない。

三  そこで、原告の訴えについて判断する。

1  別紙請求目録記載一の1ないし3の請求は、その文言によれば、原告は、一見これらを形成の訴えとして提起としているかのようにもみえるが、そうであるとすれば、かかる形成訴訟を認める法律上の根拠は存在しないから、その訴えはいずれも不適法であるが、原告は、右文言の請求の趣旨を掲げながら、一方において、「確認」を求めている旨主張するので、これらをいずれも確認の訴えとして提起しているものとみて、その余の同目録記載一の請求と併せて検討するに、更に、これらの請求の文言自体をそのままとると、「解雇の無効」、「採用の無効」、「出向扱いの無効」、「昭和六二年五月一六日より」、「昭和五九年一〇月一日より」というように過去の法律行為又は事実の確認を求めるものと解されるので、特段事情の認められない本件においては、これもまた、その余の点について判断するまでもなく、確認の利益を欠く不適法なものといわざるを得ないのであるが、他方、原告は、これらが、「過去の法律関係又は事実の確認を求めるものではなく、原告の入社時から現在に至る被告株式会社神戸製鋼所における地位等の確認を求めるものである」と主張するので、主張の趣旨に鑑み、更に、敢えて善解を加えるならば、現在の原告の法的地位に関する確認訴訟の対象となし得べき適格性を取得する余地のある法的構成として、それぞれ本件口頭弁論期日終結当時における、別紙請求目録記載一の1の確認の対象は被告株式会社神戸製鋼所の従業員たる地位の存在、同目録記載一の2の確認の対象は被告神鋼興産株式会社に対する就労義務の不存在、同目録記載一の3の確認の対象は(明確を欠くものの)被告株式会社神戸製鋼所に対する権利の包括的表現としての非出向者たる地位の存在及び被告神鋼興産株式会社に対する義務の包括的表現としての出向者たる地位の不存在、同目録記載一の4の確認の対象は以上の各地位の存在又は不存在、同目録記載一の5の確認の対象は被告株式会社神戸製鋼所に対する人事本部人事部東京人事室でない特定の或る部署における就労義務の不存在及び企画職掌社員の権利の包括的表現としての企画職掌社員たる地位の存在、とそれぞれ構成する余地がないではない。

しかしながら、敢えてそのように解したところで、別紙請求目録記載一の2の訴えについては、被告神鋼興産株式会社は、原告が同被告に対する就労義務を有している旨主張しておらず、かえって、原告の被告株式会社神戸製鋼所からの任意退職を前提として、これを否定しているのであるから、原告に就労義務のないことは当事者間に争いがなく確認の利益のないことが明らかである。また、同様にして、同目録記載一の3の訴えのうち、被告神鋼興産株式会社に対するものは、当事者間に争いがなく確認の利益のないことが明らかである。更に、同目録記載一の4の訴え及び5のうち被告株式会社神戸製鋼所以外の被告に対する訴えについては、被告株式会社神戸製鋼所又は被告神鋼興産株式会社との法律関係について第三者たるこれらの被告に対する関係で確認を求める法律上の利益を認めることのできる事情は何も認められないから、結局、これらの各訴えはいずれも不適法であることが明らかであって却下を免れない。

2  別紙請求目録記載一の1の訴え及び同目録記載一の3、5のうち被告株式会社神戸製鋼所に対する訴えをいかように善解してみても、原告が既に被告株式会社神戸製鋼所を退職していることは前記認定のとおりであるから、その余の点について判断するまでもなく、原告の請求は理由がない。

3  被告らに対する七〇〇万円の損害賠償請求について検討するに、弁論の全趣旨によると、原告は、要するに、原告が出向対象者とされたのが、昭和六二年当時被告株式会社神戸製鋼所人事本部人事部東京人事室長であった被告倉田有康による差別的人事報告に基づくものであり、本件出向自体が原告の同意なくしてなされた違法のものであるという点を損害賠償請求の根本的な原因事実としているものと解されるが、原告の出向は、前記認定のとおりの経過で原告の同意のもとになされたもので、その有効性に何らの問題もなく、前記業務委託に伴う寮勤務員の出向は該当の寮勤務員全員(嘱託を除く。定年を過ぎて嘱託として勤務している者を出向対象者にしなかったことをもって不合理といえないことはもちろんである。)一律に行われたものであって、そこに何ら差別のないことが明白であるから、原告の請求に理由のないことが明らかである。他に、原告は、その後、出向は被告株式会社神戸製鋼所からの解雇に当たるという独自の見解に基づいて各種苦情を申し入れたのに対して取り合ってもらえなかったとか、被告倉田有康の後任の同室長被告村瀬敬一又は辻亮介更には杉本宏之同人事本部長に対して、出向状態を解消してほしいと要望したのに出向のままだったとか主張するが、かかる事実が原告に対する被告らの共同不法行為になると解するに足りる事情は、原告の主張の上からも、本件全証拠からも、何ら窺うことができない。原告が被告神戸製鋼所労働組合に対する損害賠償請求の原因として主張する不法行為は、同被告が、「違法な解雇等に労働組合として救済せず、参加した」、「違法な争議行為に労働組合の機関として何ら救済すべき交渉をしない」という行為であるというのであるが、その趣旨は、同被告が原告の申し出にどれだけ対応したかが問題ではないとの原告の主張の趣旨からすると、本件出向が解雇に当たり、かつ、無効であるという原告の独自の見解に基づいて、同被告に求めた要求が一定時点以降相手にされなくなったことをもって不満として、これを違法と主張する趣旨であると解されるところ、右の点が原告に対する不法行為を構成すると認めるに足りる特段の事情は主張も立証もない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の右請求は理由がない。

4  被告株式会社神戸製鋼所、被告村瀬敬一に対する一〇〇万円の損害賠償請求について検討するに、原告が右被告らによる不法行為として主張するものは、原告の退職願の撤回が有効であるのに右被告らが右撤回を認めず、雇用関係が終了したという態度をとっていることを指すものと解されるが、一旦退職の合意が成立した後被告株式会社神戸製鋼所が退職願の撤回を認めないことをもって違法であるというべき何らの事情の主張も立証もなく、原告の退職によって雇用関係が終了している以上、同被告が原告の就労を求めず、敢えて就労しようとする場合を慮って事業所に施錠したとしても、それが原告に対する不法行為を構成すると解すべき事情は何も認められない。

したがって、その余の点について判断するまでもなく、原告の右請求は理由がない。

(裁判官 松本光一郎)

〈別紙〉 請求目録

一1 被告株式会社神戸製鋼所は昭和六二年五月一六日付原告の解雇を無効とする。

2 被告神鋼興産株式会社は昭和六二年五月一六日付原告の採用を無効とする。

3 被告株式会社神戸製鋼所、被告神鋼興産株式会社は昭和六二年五月一六日付より現在に至る原告の出向扱いを無効とする。

4 被告神戸製鋼所労働組合は昭和六二年五月一六日付原告の解雇、同日時付昭和六二年五月一六日より現在に至る原告の出向扱いの無効を確認する。

5 被告神鋼興産株式会社を除くその余の被告らは、原告が被告株式会社神戸製鋼所人事本部人事部東京人事室厚生の職員として昭和五九年一〇月一日より現在に至る今日も在籍在職し、社員資格は企画職であることを確認する。

二1 被告らは、連帯して、原告に対し、金七〇〇万円及びこれに対する平成二年五月七日から完済に至るまで年七分の割合による金員を支払え。

2 被告株式会社神戸製鋼所、被告村瀬敬一は、原告に対し、各金一〇〇万円及びこれに対する平成二年九月三日から完済に至るまで年七分の割合による金員を支払え。

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